2017年1月20日金曜日

出会いは必然で、結婚相談も必然、全てが必然

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レフ・トルストイ

一番難しく、しかも最も大切なことは、人生を愛することです。苦しい時でさえも愛することです。人生はすべてだからです。
真実だけでできていたなら、歴史はすばらしいものだったろうに。
孤独なとき、人間はまことの自分自身を感じる。
死への準備をするということは、良い人生を送るということである。良い人生ほど、死への恐怖は少なく、安らかな死を迎える。崇高なる行いをやり抜いた人には、もはや死は無いのである。
この世における使命をまっとうせんがために、我々の仕事を明日に繰り延べることなく、あらゆる瞬間において、自己の全力を傾注して生きなければならない。
深く愛することのできる者のみが、また大きな苦痛をも味わうことができるのだ。
金のないのは悲しいことだ。だが、あり余っているのはその二倍も悲しいことだ。
嫉妬とは、愛の保証への要求である。
慈善は、それが犠牲である場合のみ慈善である。
汝の心に教えよ、心に学ぶな。
芸術は技芸ではなく、それは、芸術家が体験した感情の伝達である。
よい人間とは、自分の罪をいつまでも忘れないで、自分の善行はすぐに忘れる者のことである。わるい人間とは、その反対に、自分の善行をいつまでも忘れないで、自分の罪はすぐに忘れる者のことである。自分を許すな。そうすれば、容易に他人を許すことができよう。
過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ。
流れ進むのはわれわれであって、時ではない。
死ぬとき人間はひとりである。
愛は生命だ。私が理解するものすべてを、私はそれを愛するがゆえに理解する。
額に汗して営々と働かなければ、健康な肉体はあり得ない。また健康な思想も頭脳に沸き得ない。
不運は投網のようなもの。引く時は重いが揚げると何もない。そういうものだ。
悔恨がないのは、前進がないからである。


2016年11月23日水曜日

出会っても好きなれないからまた機会を求める、何故ダメなのかを考えましょう

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結婚相談恋愛


池田晶子

モノによって満たされるココロもあれば、モノによらずに満たされるココロもある。
いずれにせよ、満たされて幸せだったり、満たされなくて不幸だったりすることが出来るのは、モノのほうではなくて、いつでもココロなのだ。
そしてこういったモノに対するココロの絶対優位を自覚しているココロこそが、この世のあらゆる物事を、本当に楽しむことが出来るのだろう。

覚悟はあるなら、人生のたいていのことは、なんとかなるのではないでしょうか。
「なんとかなる」というのは、決断を誤らない、失敗をしないということでは決してない。
決断が決断である以上、それが誤る可能性、失敗する可能性は必ずあるわけですが、それらのリスクをも引き受ける覚悟で決断する、
そういう心の構えがあるなら、結果は実は二の次ではないかということです。

悲観も楽観もせずにいるのがいいのです。
「いい」というのは「望みがかなう」ということではなくて、そういう望みをもたないことが結局一番「いい」ということ。
なぜなら、わかりっこない先のことを、あれこれ思い煩うから、人間は不幸になっている。
でも、いま幸福にならずに、いつ幸福になるつもりなんですか。

死ぬとか病むとか老いるとか、当たり前のことを否定として捉えるから人は苦しむことになるのでしょう。
やはり、当たり前を当たり前として捉え、なおそれを楽しむという構えが、ひょっとしたら人生の極意なのかもしれません。

『人間は常に客観的中立的に判断し、生きるべきだと言う人はいるかもしれません。
しかし、そのように客観性を求め主観性を排すという態度自体が、その人の好み以外ではありえない。
「情動」というから、それは人間と動物に限られるように聞こえますが、どうもそれだけではなさそうだ。
「好みのオス」「好みのメス」という原始的なレベルをさらに遡ると、原子レベルにすらこの「情動」は働いているのではないか。